デジタル化が進む営業現場の変革
BtoB企業におけるEC導入は、単なる販売チャネルの追加ではなく、営業活動全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)として位置づけられるようになっています。特に注目すべきは、EC導入によって営業担当者の役割がどのように変化するかという点です。「ECが普及すれば営業は不要になる」という懸念の声も聞かれますが、実際には営業担当者の役割は消滅するのではなく、より高度化・専門化する方向へと進化しています。
本稿では、BtoB EC導入に伴う営業担当者の役割変化と、その変化に対応するための組織的取り組みについて解説します。
EC導入前の従来型営業モデル
まず、EC導入前の従来型BtoB営業モデルの特徴を整理しましょう。
従来型営業の業務構成
典型的なBtoB営業担当者の業務時間の内訳は、およそ以下のような割合と言われています:
- 受発注業務: 約30%(注文受付、在庫確認、納期回答など)
- 見積作成: 約15%(価格計算、条件調整、提案書作成など)
- 問い合わせ対応: 約15%(製品情報の説明、技術的質問への回答など)
- 事務作業: 約15%(報告書作成、社内調整、データ入力など)
- 戦略的営業活動: 約25%(新規開拓、提案型営業、関係構築など)
この構成から見て取れるように、従来型モデルでは、本来の「営業力」を発揮すべき戦略的活動に割ける時間は全体の1/4程度に留まっており、多くの時間が定型的な業務処理に費やされていました。
従来型営業の課題
こうした業務構成は、以下のような課題を生み出していました:
- 非効率的なリソース配分: 高いスキルを持つ営業担当者が単純作業に多くの時間を費やす
- 機会損失: 新規開拓や戦略的提案に注力できないことによる成長機会の喪失
- 顧客体験の制約: 営業担当者の稼働時間内でしか対応できない制約
- 属人化: 顧客情報や取引ノウハウが個々の営業担当者に依存
- 分析の難しさ: 営業活動の定量的評価や改善が困難
BtoB EC導入後の営業モデルの変化
EC導入により、営業担当者の業務構成と役割はどのように変化するのでしょうか。
業務構成の変化
EC導入に成功した企業では、営業担当者の業務時間の内訳が以下のように変化しています:
- 受発注業務: 約5%(例外的な特殊注文のみ)↓25%
- 見積作成: 約5%(標準外の特殊見積のみ)↓10%
- 問い合わせ対応: 約10%(高度な技術相談のみ)↓5%
- 事務作業: 約5%(システム対応できない例外処理のみ)↓10%
- 戦略的営業活動: 約60%(新規開拓、提案型営業、コンサルティングなど)↑35%
- データ分析・活用: 約15%(ECデータの分析と戦略立案)【新規】
顕著な変化は、定型的な業務がEC化されたことで大幅に削減され、戦略的な営業活動に充てる時間が2倍以上に増加している点です。また、ECから得られるデータを分析・活用する新たな業務が加わっています。
営業担当者の役割の進化
業務構成の変化に伴い、営業担当者の役割も以下のように進化しています:
1. オーダーテイカーからソリューション提案者へ
単なる注文受付役から、顧客の課題を深く理解し、最適なソリューションを提案する役割へと進化します。ECサイトでは伝えきれない付加価値や、複合的な提案を行うことが中心的な役割となります。
具体例: 製造業A社では、EC導入後、営業担当者は単純な商品販売ではなく、顧客の生産性向上や品質改善につながる総合的なソリューション提案に注力するようになりました。結果として、顧客単価が平均22%向上しています。
2. 情報提供者からコンサルタントへ
製品情報の単純な伝達役から、業界の専門知識や経験を活かして顧客のビジネス成功を支援するコンサルタント的な役割へと発展します。
具体例: 化学品メーカーB社の営業担当者は、ECサイトで製品情報を提供する一方、顧客の製造プロセス改善や新製品開発のアドバイザーとしての役割を強化。結果として、技術サポート契約という新たな収益源を開発することに成功しました。
3. 単独プレーヤーからチームプレーヤーへ
個人で顧客対応を完結させる役割から、社内の専門家チーム(技術、物流、マーケティングなど)を調整・連携させる役割へと変化します。
具体例: 機械部品商社C社では、営業担当者を「アカウントマネージャー」と位置づけ直し、顧客ごとに技術スペシャリスト、物流専門家、データアナリストなどと連携するチーム体制に移行。複雑な課題にも迅速に対応できる体制を構築しました。
4. 経験依存型からデータ活用型へ
勘と経験に基づく営業スタイルから、ECから得られる顧客行動データや購買データを分析・活用した科学的営業スタイルへの進化が見られます。
具体例: 電子部品ディストリビューターD社では、ECサイトの閲覧履歴や検索データを分析し、「特定の製品カテゴリに関心を示しているが購入に至っていない顧客」を特定。営業担当者がその情報を基に能動的にアプローチすることで、商談成約率が従来の2.1倍に向上しました。
5. 新規開拓者・関係構築者としての役割強化
既存顧客との関係維持だけでなく、新規顧客の開拓や戦略的な関係構築に注力する役割が強化されます。
具体例: 建材メーカーE社では、定型的な受発注業務がEC化されたことで、営業担当者の新規顧客訪問数が月平均で2.5倍に増加。結果として新規顧客獲得数が42%増加し、営業活動のROIが大幅に改善しました。
営業組織の再構築と役割の再定義
BtoB EC導入の効果を最大化するには、営業担当者個人の役割変化に対応するだけでなく、営業組織全体の再構築が必要です。
営業組織の再構築アプローチ
1. インサイドセールスとフィールドセールスの役割分担
オンラインでのコミュニケーションを担当するインサイドセールスと、対面での提案・交渉を担当するフィールドセールスの役割を明確に分け、効率的に連携させる体制を構築します。
実装例: 工業機器メーカーF社では以下のような役割分担を実施:
- インサイドセールス: ECサイトのサポート、オンライン問い合わせ対応、見込み顧客の選別、ウェビナー主催
- フィールドセールス: 対面での提案活動、大型案件交渉、戦略的アカウント管理、新規開拓
2. 顧客セグメントに基づく担当制の最適化
すべての顧客を同じように扱うのではなく、戦略的重要性や取引特性に基づいて顧客をセグメント化し、適切な営業リソースを配分します。
実装例: 電子機器商社G社の顧客セグメンテーション:
- ハイタッチセグメント: 専任営業担当者が密接にサポート(全顧客の約20%、売上の60%)
- ミドルタッチセグメント: チーム制での担当と定期的なフォロー(全顧客の約30%、売上の30%)
- デジタルセグメント: 主にECとインサイドセールスでサポート(全顧客の約50%、売上の10%)
3. スキルベースの役割再定義
営業担当者の個人スキルと適性に基づいた新たな役割定義を行い、専門性を活かした体制を構築します。
実装例: 化学製品メーカーH社の営業職の再定義:
- アカウントマネージャー: 顧客関係の全体管理と戦略立案
- ソリューションコンサルタント: 技術的な知見を活かした提案
- ビジネスデベロッパー: 新規市場・顧客開拓に特化
- カスタマーサクセスマネージャー: 既存顧客の利用価値最大化を支援
新たな評価指標と報酬体系
役割の変化に合わせて、営業担当者の評価指標と報酬体系も見直す必要があります。
1. 新しいKPIの設定
従来の「売上高」「受注件数」中心の評価から、より多面的な評価指標へと進化させます。
新たなKPI例:
- 顧客生涯価値(LTV)の向上度
- クロスセル・アップセル成功率
- ソリューション提案の採用率
- 新規顧客獲得率
- デジタルチャネル活用促進度
- 顧客満足度スコア
2. インセンティブ構造の再設計
EC経由の売上に対しても適切に営業担当者へ還元される仕組みを設計し、チャネル間の対立を防ぎます。
インセンティブ設計例:
- テリトリー制インセンティブ: 担当地域・顧客のすべての売上(EC含む)をベースに評価
- 貢献度評価: EC利用促進活動や顧客サポートなどの間接貢献も評価
- チーム成果連動型: 個人だけでなくチーム全体の成果にも連動
- 長期成果重視型: 短期売上だけでなく顧客関係の長期的発展も評価
新しい営業スタイルへの移行を成功させるポイント
BtoB EC導入に伴う営業スタイルの変革を成功させるには、計画的な取り組みが必要です。
1. 変革への抵抗に対するマネジメント
EC導入による変化に対して、営業担当者から抵抗が生じるのは自然なことです。この抵抗を適切に管理するためのポイントを紹介します。
実践ポイント:
- 明確なビジョン共有: 将来の営業像と各自の役割を具体的に示す
- 成功事例の可視化: 先行導入部門や他社の成功体験を共有
- 段階的な移行: 急激な変化ではなく段階的に役割を変えていく
- 経営層のコミットメント: トップダウンの明確なメッセージと支援
- 営業担当者の参画: 変革プロセスへの営業担当者自身の参画機会
2. スキルアップと教育プログラムの整備
新たな役割に必要なスキルを獲得するための体系的な教育プログラムを提供します。
重点的な教育分野:
- データ分析スキル: ECデータの読み解き方と活用法
- コンサルティングスキル: 顧客の潜在ニーズを引き出す質問力と提案力
- プロジェクトマネジメント: 複数部門を巻き込んだソリューション提供力
- デジタルツール活用力: CRMやマーケティングツールの活用能力
- 産業知識・専門性: 顧客業界への深い理解と専門知識
実践例: 部品メーカーI社では、「デジタル時代の営業アカデミー」を社内に設立。3〜6ヶ月のプログラムで、データ分析、ソリューション提案、デジタルツール活用などを段階的に学べる仕組みを構築。特に優秀な従来型営業担当者を「デジタルメンター」として育成し、他の営業担当者の変革を支援する体制を整えました。
3. 成功体験の創出と共有
小さな成功体験を積み重ね、組織全体に変革の効果を実感させることが重要です。
実践ポイント:
- パイロットプロジェクト: 特定の部門や顧客グループでの先行導入
- 早期成果の可視化: 短期間で実感できる成果指標の設定
- 成功事例のストーリー化: 具体的なケーススタディの作成と共有
- ピア・ラーニング: 成功した営業担当者からの学びの機会
- 表彰・認知制度: 新しい営業スタイルでの成功を評価する制度
4. サポートツールとインフラの整備
新しい営業スタイルを支えるデジタルツールとインフラの整備も欠かせません。
主要なサポートツール:
- 営業支援CRM: 顧客情報と活動履歴の一元管理
- 分析ダッシュボード: ECデータをリアルタイムで分析・可視化
- 顧客インサイトツール: 顧客行動を分析しインサイトを抽出
- 提案作成支援ツール: 効果的な提案書を効率的に作成
- モバイルアクセス環境: 外出先でもデータにアクセス可能な環境
先進企業に学ぶ成功事例
事例1:製造業J社の「営業コンサルタント化」戦略
産業機器メーカーJ社は、EC導入に合わせて営業担当者の役割を「製品営業」から「生産性向上コンサルタント」へと転換。顧客の製造ラインの効率化を総合的に支援する役割に進化させました。
具体的な変革ポイント:
- 営業担当者を対象に「生産技術アドバイザー」認定制度を導入
- ECサイトの閲覧データから顧客の関心領域を特定し、能動的提案に活用
- 営業報酬を「製品売上」だけでなく「顧客の生産性向上率」にも連動
- 技術部門と営業部門の協働体制を強化するバーチャルチーム制
結果:
- 単価1,000万円以上の大型案件が38%増加
- 顧客満足度調査で「戦略的パートナー」評価が56%向上
- 営業担当者の定着率が向上し、優秀人材の応募も増加
事例2:卸売業K社の「セグメント別チャネル最適化」
業務用品卸売K社は、顧客を取引特性に応じて細かくセグメント化し、最適な営業リソース配分を実現しました。
具体的な変革ポイント:
- 顧客を5つのセグメントに分類し、セグメント別の対応戦略を策定
- 小口・定型取引顧客はECへの完全移行を推進
- 戦略顧客には「バーチャルチーム」による総合サポート体制を構築
- 新規開拓専門チームを創設し、従来の営業担当者から人選
結果:
- 営業コストが23%削減される一方、売上は12%増加
- ECチャネル比率が18%から47%に上昇
- 営業担当者一人当たりの担当顧客数が適正化
- 戦略顧客セグメントでの顧客内シェアが平均28%向上
事例3:専門商社L社の「データドリブン営業」変革
電子部品商社L社は、EC導入を機に「データドリブン営業」モデルへの転換を図りました。
具体的な変革ポイント:
- ECサイトのユーザー行動データを分析する「インサイトチーム」を新設
- 営業担当者にリアルタイムデータダッシュボードを提供
- 予測分析を活用した「次の購入予測」機能の開発
- 営業担当者を「データアナリスト」としても育成する教育プログラム
結果:
- 営業活動の優先順位付けが効率化し、営業訪問あたりの成約率が2.1倍に
- 顧客の「購入準備完了シグナル」を捉え、適切なタイミングでの提案が可能に
- クロスセル・アップセル機会の特定精度が向上
- 新人営業の生産性立ち上がりが従来比1.8倍のスピードに
まとめ:EC時代の営業力とは何か
BtoB EC導入による営業変革は、単なる効率化ではなく、営業の付加価値を再定義する機会といえます。EC時代の真の営業力とは、以下の要素から成り立つと考えられます:
- 戦略的洞察力: 顧客ビジネスへの深い理解に基づく洞察と戦略提案
- 関係構築力: 人間的な信頼関係と「共創」を生み出す能力
- データ活用力: デジタルから得られる情報を価値に変換する能力
- 変化適応力: 市場やテクノロジーの変化に柔軟に対応する能力
- チームプレイ: 社内外のリソースを効果的に連携させる能力
EC導入は営業担当者の価値を低下させるのではなく、むしろ「より人間的な価値」と「より戦略的な価値」にフォーカスする機会を提供します。従来の定型業務からの解放は、真の意味での「営業力」を発揮するための時間と機会を生み出すのです。
変革の道のりは決して平坦ではありませんが、経営層の明確なビジョンと計画的な移行プロセス、そして適切な教育・サポート体制によって、EC時代に適応した新しい営業モデルへの転換は必ず実現可能です。この変革を成功させた企業は、デジタルとヒューマンの強みを最適に組み合わせた新たな競争優位を築くことができるでしょう。